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天から落ちてきた少女



 昔ある深夜、山深い村里に大音響を伴って大きな流れ星が落ちてきました。
驚いた村人たちは総出で落ちたあたりを探索しましたが何も見つかりません。
夜が明けるのを待って近辺を探し回りますと、村外れで意外なものを見つけま
した。それは泣き伏している見なれぬ一人の女の子だったのです。

 「おねえちゃん、どうしたの?」と誰かが優しく声をかけても何の反応もあ
りません。ただ泣き続けるばかりです。そうするうちにようやく顔をあげたの
をみて村民一同腰を抜かさんばかりに驚きました。今までに見たことのない余
りにも優しく気高い表情をしていたからです。そう云えば天子さまでも着られ
ないような透きとおった紫色の高貴な衣類に身を包んでいるではありませんか。
のみならずその衣装からはえもいえぬ芳香を放っております。

 もうとやかくいうこともありますまい。その子は天から流れ星となって落ち
てきたのでした。雲の端っこで下界を眺めていて誤って足を滑らせ落下してし
まったのでした。そう神様の子供だったのです。

 この地上で神様を見た者は誰もおりません。子供とはいえ神には違いないの
ですから、それがどのような意味をもつものかやがて明らかになるでしょう。
更に云えば、何故これほどまでに多くの人々が神に会いたがっているというの
にその願いを叶えてくださらないのかその理由がお解かりになるに違いありま
せん。

 さて、神の子を一目見たとたん、電撃にでも打たれたように探索にきていた
村民一同は二度と消えることのない衝撃を受けました。生まれ変わったといっ
てもよいでしょう。それまでは人間である限り様々な黒い思い――憎しみや怒
り欲望などに捉われていたのに、神の子を見たとたんそれらが一斉に消滅して
しまったのです。神になってしまったといっていいでしょう。いや間違いなく
そうなったのでした。

 虫けら一匹といえども生きとし生けるもの総てが無上に美しく尊いものに心
底思われ、これらを殺して食べていたのが信じられなくなるのでした。世の中
に我が子を殺して食べるというような鬼畜にも真似できないことをする者はひ
とりとしておりますまい。蟻一匹殺すのにもそれと同様、いやそれ以上の抑制
が働くのでした。これは何も動物ばかりにかぎりません。大根などの植物に対
しても同様だったのでした。

 そういうわけで村人たちはそれ以後一切のものが食べられなくなりました。
探索に参加しなかった人までもが、神と化した人々を見るにつけやはり神とな
ってしまい、当然のことながらその村はまもなく全滅するに至ったのです。い
や正確にいうと一人だけ全滅前に隣村へ出かけた者がおり、そこの住民にも神
なることが伝染し・・・という具合にたちまちのうちに近在の村々は廃墟と化
したのでした

 そのことはやがてお城のお殿様の耳にも入りました。はじめは何か性質の悪
い流行り病くらいに思っていたお殿様でしたが、家来の報告によれば、どうも
そうではなさそうです。やがて事の真相がだんだん分かってきました。何が原
因かはわかりませんが、みんな餓死状態で倒れているというのです。そのうち
にことの次第がどうやらはっきりしてきました。ある一人の女の子のせいらし
い,その子の姿を見たものはたちどころに物が食べられなくなってしまい、そ
れが次々と伝染して全滅に至ってしまうらしいとのことでした。

 そんな馬鹿なことが! と思いましたが、やがてその女の子がお城の側まで
やってきたとの報告が入りました。「これは大変」とばかり重臣を集め鳩首会
議が開かれました。重臣の一人が曰くには、「一目でも目に入るといけないな
れば、見ないことに勝る方策はござらん。幸いにもこの国には盲人がたくさん
おります。彼等を集めその女の子を退治させては如何でござろうや。」

 一同、なるほどそれは名案とばかり、早速国中の盲人という盲人が集められ
お城の警護に当らせることになりました。警護とはいっても何せ盲人軍団のこ
とですから対策のたてようがありません。そこであれこれ思案の挙句次のよう
な命令が下されました。――何でもよい、動くものの気配を感じたらめっちゃ
やたらでよいから手にした武器(といっても鍬や鋤)を振り回せ。相手はたか
が女の子ひとりだ,というわけです。

 間もなく女の子が現れました。相変わらず泣いていました。盲人軍団の防護
壁はあっけなく破られてしまいました。というのは、その余りにも哀切な泣き
声が耳に入った途端、へなへなとばかり崩れ落ちてしまい、全員神になってし
まったからです。幸いにも城門は硬く閉じられていたので神の子は向こうへい
ってしまい事なきを得たものの、またいつ何時戻ってこないとも限りません。
女の子がどこかへ行ってしまっても城門は開かれず、盲人達は哀れにも餓死す
るにまかされてしまいました。

 お城では急遽対策会議が開かれました。「見てもだめ、聞こえてもいけない
となるともう打つ手はなしである・・・ そうか!とっておきの手段があった
ぞ!盲と聾を兼ね備えたものを集めて防護に当たらせては如何でござろうや。
数の少ないのが難点であるが。」

 それでも結果は同じことでした。今度はえもいえぬ少女の発する芳香が原因
だったのです。 「エエイ、こうなったら最後の最後の手段を講じるよりある
まい。牢に捕えてある罪人どもを解き放つのじゃ。赤子を平気で殺すような鬼
みたいな奴等ばかりじゃ。キャツラメにはよもやあの子の神通力も通じること
はあるまい。」

 我が子でも食い殺しかねない極悪非道の軍団といえども神の子の浄化力の前
には何等の抵抗をみせることなくあえなく敗れ去りました。

 高い壁を築こうが深い穴を掘ろうが何をどう試みても同じことでした。神の
子にはそれらの障害はあってなきに等しいものだったのです。ただ不思議なこ
とにお城の城壁だけはその役目を果たしました。

 「城下町も全滅してしまった今となっては処置なしである。もう打つ手はす
べて尽くしたが城門を開かない限り城内は安全じゃ。こうなってはもう篭城す
るしかあるまい。あの子がどこか遠くへ立ち去ってくれるまでは。」という合
意ができました。しかし数か月経って城内の食料もだんだん尽きてきたという
のにどうも女の子はまだ近辺をうろついているようです。もう明日にも食うも
のが底を尽くという段になって、「このまま餓死してしまうよりせめて神にな
って死んだほうがまだマシだ!」という若い侍があらわれ城門を許しも得ず勝
手に開いてしまったのです。折悪くちょうどそこへかの女の子が現れました・
・・

 こうしてお城も全滅してしまったのです。その頃天界では一騒動が持ち上が
っていました。神々が大切に育てていたたった一人の子が行方不明になったか
らです。探すといっても大変です。なにせ天に散らばるあまたの星ひとつひと
つを調べなくてはならないからです。でも必死の捜索が功を奏し間もなく探し
当てられました。それも神々の最も恐れていた地球という星の一点で。生き物
が生き物を殺して食べなければ生命を維持していけないという、神には信じ難
い、また耐え難い宿命を帯びた恐るべき宇宙唯一の星地球上で!

 神の世界天界ではこの地球という星は太古の昔からよく知られていました。
完璧なはずの造物主さまがどうしてこんな悲惨な生命界をお作りになったのか
分かりませんが(その理由については
こちらに述べております。)、一切不介
入を決め込んでいたのです。いやそうせざるを得なかったのです。神に可能な
ことといえば、いかにより美しく調和ある世界を創出するかに限られていたか
らです。この宇宙にはそもそも悲惨とか不調和とかいったマイナス要因が、概
念が存在しないので対処のしようがないのでした。また何よりも造物主さまの
権限の領域に踏み込むことになるので手出しができないのでした。

 従って苦に喘ぐ人間達がいくら神の存在に気づき神を必死に呼び求めようが
見て見ぬふりをしていたのでした。そうせざるを得なかったのです。地球には
神を崇める宗教なるものが掃いて捨てるほどありますが、そのどれをとっても
満足できるものはありません。ひどい場合はその宗教同士が
神の御名により
とか何とか叫んで殺し合い、戦争をしている始末ですから。

 インドという国で生まれた何とかいう宗教は、微細な生き物を殺めることに
さへ注意して、虫を吸い込まないため口にはマスク、虫を踏み潰さないないよ
う森を歩くときには枯葉の下にさえ万全の注意を払っているそうですが、それ
ほどまでにしても殺生は免れ得ません。石や砂を食わない限り命あるものを食
わなくてはならないからです。

 そうした中にも時折石火のように閃く美しい光輝が人間界から発せられるこ
とがあるのまでは否定できません。多くは芸術という名をもって。絵画、彫刻
小説などの作品の中には神をも感涙させる力をもったものが少なくありません
が、中でも
これ ばっかりは万神をして嗚咽慟哭させずにはおかないものでし
ょう。それは神の子の泣き声と全く同じものだったと言えるかも知れません。

 でも悲しいかなあくまでそれは、生き物を殺して食う,という人間から発せ
られたメッセージでした。万物を救い上げるまでの力は残念ながらなかったの
です。

 人間に見つかっては一大事――子と違いアッというまに人間界を全滅させか
ねませんから、また造物主さまが何か思惑あって敢てそうしてられるに違いあ
りませんから――なので夜中こっそり女の子は無事天界へ連れ戻されました。

 こうして危うく全滅を免れた地球生命界はそれ以後も悲惨と汚わいにまみれ
た毎日を過ごすことになったのです。ある意味では平凡な日常――平和がとり
戻せたと云えるのかも知れません。


殺戮や流血が日常茶飯事の


が・・・




お し ま い


 これは生命界全否定の観点から私なりの考えを披露した寓話ですが、
百八十度逆の見方、
全肯定も一方ではしています。
それについては表現力が稚拙ゆえご理解いただけないかも知れませんが
こちらのページに書いております。


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