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(21) 屑鉄オジサン


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民家の内部に築かれた屑鉄の山を前にしておじさんの頼みというのは、
一番上に積んであるタイヤを全部取り出してほしい,というわけであります。

天井なしの最上部、すなわち屋根板の直下になるわけであります。
電気などあるはずがありませんから中は薄暗くてよくわかりませんが
見上げたところそこへ辿りつきようがありません。
なにせ身を動かせるスペースが殆ど見当たらないのデスカラネ。

しかしまあそこは手馴れたもので、鉄屑をアッチヤリコッチヤリしながら
おじさんがなんとかそこへ至れる山道を作ってくれました。
といっても立ったまま登れるわけはありませんで、
腹這いになり尺取虫ヨロシク屈伸しながら何とか登頂に成功すると

そこにあったのはナントなんと何と、タイヤはタイヤでも


ッカイ ッカイ

大型トラック用
ではありゃしませぬ

たとえ身が自由になる平地でも扱うのは重くてタイヘンなのに、
足のフンバリはおろか手の動きさへママナラヌという
こんなジョーキョーカでいったいどうして降ろせるというのでアリマショウヤ!
(逆に考えれば、よくもまあここまで引きずり上げたものです。)

忘れましたが
ッチャ〜ン! リャリでっ〜!
とでも叫んだことでありましょう。また途中経過も憶えておりませんが、
結果的には、おじさんとのヒッシの連携プレイが功を奏し
何十本をゼンブ降ろせたのであります。(たっぷり数時間はかかったでありましょう。)
一人ではゼッタイ不可能な作業で、助けを求められたハズです。

外に出て思いっきり身を伸ばし新鮮な空気を腹いっぱい吸ったあと
改めてその家の外観を眺めてみると、
屋根が波うつようにユガんでおり、もう少しで崩れ落ちそうに見えました。

さてヤットコサ屋外へ運び出し終えると、おじさんのたもうていわく、

「いま鉄の値が上がっているのでタイヤのゴムを外し売りに行きたいんや。
ついてはアンタ、2,3日後にトラック借りて処理工場まで運んでもらえんやろか。」


というわけであります。聞けば(整備士のくせして車を持たないのは知っていましたが)
免許はとうの昔に没収され車をレンタルできない,
またこれまで依頼していた人が都合で来てくれないというわけであります。
ゼンゼン嬉しくはなかったですが、”乗りかかった船”と引き受けました。

数日後知り合いから2tトラックを借り先日のタイヤのリム以外にも
鉄を満載し郊外の屑鉄処理工場へ向かったのであります。
積み込みが大変だったので荷を降ろすのも・・・と心配しておりましたが、
上空から降りてきた巨大な磁石で吸い上げられほぼ一瞬のうちに片付きました。
荷降ろし前後の車体の重量差で金額がはじき出される,という
キワメテゴーリテキな方法で工場内ではトラックを降りることもありませんでした。

積み込みの際のおじさんの話によると、同じように見えても鉄にも値の高低があり、
買い手はそれを積荷の外観で判断するらしいです。
ですから積み込みの順番にもおじさんは大変気を使い時間もかかったものでしたが、
敵の目をアザムカンがためのヒジョーにセコい策略だったわけであります。

さて、おじさんが代金の精算をしておるあいだ表通りで待っておると
ジキにトラックへ戻ってきたのですが乗り込む前
フトコロから何かを取り出そうとするので、サテハオンレーでもくれるのか、
とチューモクしていると、サニアラズ、やや興奮気味に、

と、これ以上の嬉しいことはないというほど相好を崩し
(実際ヒトサマのあれほどまでの会心の笑みにお目にかかったことは後にも先にもございません。)

取り出したのは!

直径3センチ、長さ30センチくらいのただの
でありました。

鉄屑工場のことですからそんなものはゴロゴロ転がっているでしょう。
また盗むつもりで素早く拾いあげフトコロにしまい込んだところを発見されようが
誰も咎めたりはしないと思われます。たぶん10円にもならんでしょうからね。


そのシアワセイッパイのおじさんを見て、その時初めて私は
したのであります。

このおじさんにとっては、他の人には一文の値打ちもない屑鉄が

命ほどにも大切な
なんだとね。
(ただし拾うなりしてムリョーで得たもの,という条件つきでありますが。)





私が30半ばの頃、いつの間にやらおじさん一家は引っ越していきました。
といっても2KMも離れていない近くにでしたがね。
そして屑鉄の山は手放すことなく、おじさんは本社通勤しておりました。

その2,3年後我が母が何かの用で移転先へ訪ねていったことがありまして、
帰宅後ヒドクあきれ返っておったものでございました。

なんと移転先もこちらとまったく同じで、屑鉄に埋まっておるというのであります。
蟹歩きしなければ奥に入れないとかも何等変わらず、

あの人ビョーキに違いない!

奥さんもつくづく嘆いてはったよ。

あの性分何とかならんもんやろかいな?

ほんまにモウ!

とエロウ憤慨しておりました。
(私もその後その前を徐行しつつ通りかかりましたが、”家”の体裁だけは何とか保っておりました。)

ちょうどそのころ、また鉄屑整理を頼まれ(数回目になりましょう。)
今度は少し遠い空き地へ連れていかれたのですが、
(もしこの土地もおじさんの所有ならそれこそ大財閥!
山こそ築かれてなかったものの100坪以上と思われる土地いっぱいに
古タイヤなどが汚くミニクク散乱しておりました。(几帳面なおじさんらしからぬこと!)

その時近隣の人が目ざとくおじさんを見つけ駆け寄ってきて、
カンカンに怒りながら文句を捲し立ておりましたが、
そのうちの一言が今もって忘れられません。

「アンタは千円稼ぐのに十万円の手間を惜しまん人ジャ!」

詳しくは申せませんが、そういう意味では私も似たところがあり、
「ナルホド、うまいこというもんやワイ!」と妙に感心したものでした。

昔からそうでしたが、何をボロカスに言われてもおじさんは
うなだれうなずくばかりで言葉を返すことなど一切ありませんでした。
(だからといって人の話を聞き入れたことなど絶無だったに違いありませんがね。)


いやはや

アクの強いおじさんでありました。

でもなぜか付き合えば付き合うほどに

ダイスキ
になっていったのでございます。
















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以上、長々と愛すべき屑鉄おじさんについて語ってまいりましたが、
おじさんの行くところ、どこもかしこも屑鉄の山に変じてしまうのを見るにつけ、
つくづくこう思わずにはいられませんでした。

たとえピッカピカに磨かれ塵一つ落ちていない
に住まわせても、この人にかかれば
ものの一年も経たぬうち



とね。
























ふろく
人間の走性について


終りに、このおじさんを”材料”にオカリして人間の”走性”といったものについて
ちょっぴり考えてみたいと思うわけであります。

と申しても生物学で使う厳密な意味でのものではゴザイマセンで、
はやい話が、オトコはオンナへの走性を持っている
といった程度の隠喩的コウサツであります。


さて人間には万人万様の個性があるものです。
コトの善し悪しは別にすると、それが強い人ほど大事を成すとも云えますが、
社会人として生きるために通常その個性、すなわち心の傾き、すなわち

“走性”



を抑制しておるものです。

くだいていえば、ミンナみんな
りたいことをガマンしている
わけですやんかいさ。

でないと世の中大混乱に陥ること必至であります。
例えば、繁華街なんかでは男女が見境いなく吸引し、カ○ミアイ
その発するヨ○リ○エで耳を聾するばかりになってしまいましょう。

このハタ迷惑かつステキなおじさんの走性は、
それが誰もが持っている金とか名誉、とかへ向かわず、たまたま

“屑鉄”

へと向かってしまったのでありましょう。
そしてその抑制というブレーキが不幸にして完全に
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といえるのではありますまいか。

ブ○シュなんかは戦争への、コ○ズミなんかは権力への、
ほ○えもんなんかは金への走性の
ブレーキが破壊されている好例といえるでありましょう。

こういうおぞましいヤツラに比すまでもなく、屑鉄おじさんはそれこそ


存在でありました
(と、残念ながら過去形にしなければなりません。わけは
。)






 私が40歳くらいのときのおじさんの最晩年(といってもまだ60歳前後!)は、 
余りにも気の毒なものでした。
周辺で世にも悲しい事件がおこり、ひいては長年に亘りかき集めた
おじさんにはダイヤ、エメラルド、ルビーにも匹敵する屑鉄も一切失い、 
失意のどん底に陥ったまま半年も経ずして召されてしまったのであります。
(その詳細は敢て秘しておくことにいたします。)
いまはただ、「おじさんの魂よ安らかに・・・」と祈るのみであります。

なおその前後は忘れましたが、町内の”屑鉄の山”は跡形もなく撤去され
長女夫婦が経営するピカピカの眼鏡屋に生まれ変わったのでありました。









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おっちゃんよ〜! 

いまごろこんな夢みたいな世界で遊んでるかもしれへんナ〜。
まさか天でも
屑鉄積み上げとるんやあるまいナ〜〜!
おっちゃんのこっちゃからやりかねへんナ〜?
どっちにしてもさぞタノシンデおるこっちゃろ〜。
もうすぐボクチャンもそっちへ行くさかいイッショにアソボーナ〜。

そやけどワガハイはムリカナ?
刀葉林に送られるにキマットルもんナ〜。




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ペガサスは こちらさま よりお借りしました。



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